終焉からの再起

 ふと、目を開ける。
 ぼやける視界の中、必死に誰かが何かを叫んでいる姿が目に映った。
 そう認識した時から徐々に視界と音が身体に戻ってくる。

「……さん……! 上野谷さん、私が解りますか……!?」
「……っ、……りたに、さん……?」

 必死に呼びかけていたのはUGN日本支部支部長である霧谷雄吾だった。
 返事をしようと声を出すが掠れてうまく発音できない。
 何度か咳をして起き上がろうとして霧谷に肩を抑えられる。

「まだ起きないで下さい。2年間も眠っていたんですよ」
「……に、ねん……?」

 掠れる頭を軽く振って記憶を遡る。
 徐々に鮮明になってくる記憶に、顔色が青く染まった。
 静止を押し切り起き上がって辺りを見渡す。

「彩里……錦支部長は……!? N市支部は……!!?」

 上野谷の最後の記憶は背後から錦ごと刺された所だ。
 あの状態で自分が助かっているのならばもしかしたら、という淡い期待を込めて霧谷を見る。
 だが、霧谷の表情を見る前に、答えを聞く前に、本当は解っていた。
 錦は自らのレネゲイドウィルスによって飲み込まれ、ジャームへと変わってしまった。
 そして手を下したのは自分だ。助かるような攻撃はしていない。
 その証拠に霧谷は首を軽く振って答えた。

「残念ながら、N市支部で肉体が見つかったのは貴方だけです」
「……え……?」
「オーバードの力によって引き起こされた火事により全てが燃やされてしまいました。支部員の肉体も、資料も……」
「そう、……ですか……」
「ええ。それに……」

 珍しく霧谷が口ごもる。
 何か言うのをためらうように、口を開いては閉じる。
 らしくない行動に上野谷は眉をしかめた。

「僕は、大丈夫です。何があったか教えてください」
「……申し訳ありません。……上野谷さん。貴方にジャーム化と、錦支部長への殺害容疑がかかっています」
「……っ……それで……?」
「しかし貴方は退治された事になっています。UGNのデータベースにもはっきり『死亡』と書かれています。それが貴方に錦支部長の退治を要請した私にできる、最大限の事でしたから」
「そう、ですか」
「……私情を挟むのはあまり好きではありません。しかし、私にはどうしても錦さんがジャームになるとは考えにくいのです。あの方は強かった。そして周りを思う心も、とても強いものでした。そういった方はジャームにはなりにくいのを経験上知っています。ですからN市支部の支部長として彼女を任命しましたから」
「……ええ、それは僕も。ですが……確かにレネゲイドウィルスに飲まれてしまいました。ですから彼女に手を下したのは、確かに僕で間違いはありません」
「何か彼女に異変などは?」
「……いえ、最近は地方に行くことが多く、N市には顔も出していませんでしたから。そういえば比山と柳は? 彼らならばもう少し詳しく……」
「……比山さんは、貴方が錦さんに手を下した日、学校で遺体となって発見されました。学校が襲われ、全身全霊で守ったようです」
「……っ……!? ……は、はは。彼らしい、ですね……」
「柳さんは……ジャーム化して、オーヴァードを襲っています。彼女には討伐命令が下っていますが発見できてはおりません」
「え?」
「情報によると、当日彼女は燃え盛る支部へと向かったようです。そして錦さんと貴方の死体を見た。直前におそらく比山さんと……残念ながらもう一人、八重樫さんの死体も……」
「……なん……そんな……」
「八重樫さんの遺体からからこれが見つかっています」

 そういって霧谷はポケットから小さな石のついたネックレスを出した。
 とても綺麗な宝石のようだが、なぜか胸がざわつく。

「これはFHの開発した対ワーディングマスクの応用でしょう。これを持っている一般人に、ワーディングは適用されません」
「じゃあ……」
「ええ、戦いに巻き込まれたのでしょう」

 柳の大切な人が、守りたい人が全て死んでしまった。
 それならばジャームになっても仕方がないのかもしれない。
 その言葉をぐっと飲みこんで、上野谷は厳しい顔で霧谷を見上げた。

「ではなぜ僕は生き残っているんですか……? あの時の怪我は……治るようなものではなかったはず。他の支部員も殺されているのでしたら間違いなく僕も殺され、そして燃やされていたはずでは?」
「……ええ。間違いなく貴方の生存は絶望的でした。しかし、凍っていたのです」
「凍って……ってまさか!?」
「おそらく最後の力を振り絞って、錦さんが貴方に冷凍保存を施したのだと思います」
「……っ……ああ……、酷い……な……。……なんだって……こんな……」

 うつむいて掠れた声で小さく零す。
 涙は、流れなかった。

「そして、貴方と錦さんは大切な物を残してくださいました。錦さんの冷凍保存がなければおそらく燃やされて失われてしまっていたでしょう」

 俯く上野谷の目の前に、小さな赤い塊が差し出される。
 掠れ行く意識の中で、確かに握りしめた希望。
 ゆっくりと上野谷は顔を上げた。
 大切な物と霧谷は言った。彼が言うのだから感情的な事ではないはずだ。
 そしてそれを希望だと認識したのは……。

「ではやはりN市支部のデータベースは……」
「ええ。完全に破壊され、この日本支部のデータからもすべて消去されていました。……やはり気付いていらっしゃったのですね」
「……僕が行った時には支部員は殺されていませんでした。そして支部長を殺したのは支部長室。僕が行ってすぐと言って良い程の時間でしたので……。そこで僕も一緒に殺されました。その時も支部員たちが戦った気配はありませんでしたから、真っ先にこちらに向かってきたのでしょう。支部長は当日成人式に参加する予定でしたから、訪問客の予定は入っていなかったはず。それならばあっさりと支部に入れる人間は限られていますから。おそらくN市支部の支部員だった誰かだと……」

 一気にそこまで言ってからふぅと息を吐く。
 傷はふさがっているようだが刺された時の痛みがぶり返したようにじくじくと身体を蝕んだ。
 それを堪えるように硬く目を閉じ、そしてゆっくりと開いて霧谷を見上げる。

「……この中に重要なデータは入っていません。しかし、大量に残された写真があります。犯人がN市支部にいたのならば写真の何処かに残っている可能性は高い。現在も生きていて、この写真の中に写っている支部員を探すことが出来れば、犯人に行き着く事ができます」
「……あの状況で咄嗟にそこまで判断出来るとは流石ですね」
「これでも、ノイマンですから。破壊者などと呼ばれていますが」

 力なく笑って大きく深呼吸をする。
 生き残ってしまった……いや、生き残らせてもらったこの身体。
 恐らく何かの異変を錦は察知していたのだろう。
 そして、それを解決させる為に自分を残したのだろう。
 上野谷は決意を固め、ゆっくりとベッドから降り、立ち上がる。
 2年も寝ていた為僅かに悲鳴を上げるが、元よりオーヴァードとなってしまったこの身体は一般人とは比べ物にならないくらいに強い。

「駄目です。まだ寝ていなくては……」
「霧谷さん、教えて下さい。あれから何があったのか。そして、僕に何が出来るか。貴方の考える僕の役目を」
「……解りました……。ですが長くなります。どうか今は座って、体力を温存していて下さい」
「……っ、はい……」

 歯ぎしりしたい思いを堪え、ベッドに座る。
 近くにあった椅子を霧谷が引き寄せ、霧谷自身もそこに座った。

「まず、何から話しましょうか……」
「……では、僕が殺された直後の事を」
「……N市支部が燃え、柳さんがジャームになった事は話しましたね。その直後別の支部から応援が駆けつけ、ジャームになった貴方を退治した、と私は報告を受けました」
「……他の支部にも紛れ込んでいる、という事ですか?」
「記憶が改竄されている恐れはあると思います。FHと繋がっている可能性も否定出来ません。UGN内でこのような事があって得をするのはFH側でしょうし」
「ええ。それで、僕は退治されはしましたが柳さんには逃げられたと……。……では柳がジャームになっているという情報は僕を殺した犯人が捏造した可能性は?」

 僅かな希望。しかし霧谷が軽く首を横に振るだけで容易く打ち砕かれる。

「残念ですが、今現在も彼女の犠牲者は増え続けています。映像にも、残されていますので」
「……そうですか……」
「ええ……。その後N市支部跡地から貴方が発見されました。大怪我を負いながらも氷漬けにされた貴方が。私はその報告を受けて直ぐに情報規制と貴方をこの日本支部に運ぶよう指示しました」

 その場所がここなのだろうと上野谷は辺りを軽く見渡す。
 真っ白な空間。清潔に保たれていて近くには延命措置に必要だったであろう装置が大量に置かれている。

「それが何故2年も……」
「まず、氷を溶かすのに時間がかかりました。錦さんが施したエフェクトは、本来であれば錦さんが死亡したと同時に溶けるはずのものです。しかしそうはならなかった。上手いこと貴方の血と混ざり合い、貴方のオーヴァードとしての力を引き出して使っていたのでしょう」
「っ……それ、ではもしかして、僕にもサラマンダーの能力が……?」
「詳しい検査をしてみないことには解りませんが恐らくそれはないかと思われます。レネゲイドウィルスに関してまだ解らない事は多いですが、新たなシンドロームを覚醒する事はほぼ希ですから」
「……そうですよね。僕も今現在、サラマンダーシンドロームの力を使える気はしません……」

 苦笑して自らの手のひらを見つめる。
 いっそ覚醒してくれていれば仇が取りやすかったと思ってみても、そんな都合の良い事が起こるわけではない。
 軽く深呼吸をしてから話の続きを促す。
 霧谷は頷いて口を再び開いた。

「貴方の氷が溶けるまで1年半。しかし溶けてからも問題でした。貴方の傷はそれ程までに深刻でしたから。医者も生きているのが不思議だと言っていましたよ。傷は中々塞がらず、しかしそれでも鼓動が止まる事は有りませんでした。そして半年掛けて傷が塞がっていったのです」
「……そんなに、掛かったんですか……」
「ええ。絶望的な状況から良く生き残って下さいました。そして、目が覚めて早速で大変申し訳ありませんが貴方にはやって頂かなくてはならない事があります」
「……そうでなければ忙しい霧谷さんがここに居るわけ有りませんからね」
「……ええ。N市支部を再び立ち上げます。そして貴方にはエージェントとして新N市支部員のメンバーになって頂きます」
「理由をお伺いしても?」
「あそこまで大規模なN市支部の破壊を行った理由は解りません。しかしN市支部が邪魔だったのは確実です。現にN市にはFHセルと思わしき物が増えています」
「それは、確かに放ってはおけませんね」
「はい。ですから貴方には辛い思いをさせてしまうかもしれませんがN市支部の支部員としてあの事件の調査を行なって欲しいのです。あの事件は……終わっていません」
「……僕がもう少し警戒していれば、犯人の顔を見れたかもしれないのに……。そう言えば犯人について聞かれませんでしたが……」
「背後から刺されて居たのは明白でしたからね。そして見ているのならば真っ先に言及していたでしょう?」
「その通りですね。面目ない……」
「いえ、傷の状況からそちらの方が濃厚でしたから、最初から宛にはしていませんでした。言い方が少しキツくなってしまいましたが……」
「事実ですのでお気になさらず。それで新N市支部の立ち上げの話をしているのでしょう?」
「はい。しかし貴方は死亡した事になっています。ですので別人として行ってもらう事になります」

 そう言って霧谷はいくつかの資料が入った封筒を渡してくる。
 上野谷はそれを受け取ると軽く目を通した。

「谷原崇明。身長172cm、体重60kg。黒髪短髪の男性でシンドロームは変えようがありませんからピュアノイマンです。1年前に覚醒しましたがその時に過去の全てを忘却、唯一覚えているのはその時に仲間が死んだ事位、という設定です。ノイマンである貴方ならばこの程度演じ切ってみせますよね?」
「……勿論」
「……コードネームは……」
「犠牲-サクリファイス-」

 珍しく言葉を被せるように発する上野谷を霧谷は少し驚いたように見つめる。
 その目を見つめ返す上野谷の目には、強い炎が宿っていた。
 ふっ、と霧谷は苦笑を浮かべて頷く。

「……ではそれで。顔合わせなどは後日行います。それまではゆっくり休んでおいて下さい」
「……解りました」
「それでは私はこれで失礼します。何かありましたら直ぐに連絡を。……貴方まで失うわけには行きませんから……」
「……ありがとうございます」
「では」

 霧谷が頭を下げて出ていくのを見送り、暫し閉まった扉を眺める。
 ここまで気にかけてくれている、等とは思わない。
 事件を知る、ほぼ唯一の人間だから解決するまでは失うわけにはいかない、という事だろう。
 ゆっくり息を吐いてベッドへ横になる。
 仇討ち、復讐、くだらないと思っていた過去。
 今でもくだらないと一蹴できる自信はあるのに、この胸に燻る想いとソレらの違いが解らない。
 腕で顔を覆い、強く握り拳を作る。
 そうだ、犯人をどうするかは新支部のメンバーに任せれば良い。
 自分は自分に出来る事を。
 今度こそ、絶対に守ってみせる。
 深呼吸を一つして起き上がり、用意されていた服に着替えた。
 そこには『上野谷敬佑』の姿は無い。
 にっこりと笑みを作って扉を開ける。

「そんじゃーま、頑張りますかねっ!」

 約束を果たす為に、全てを心の奥底に沈め“谷原”は歩き出した。

  • 最終更新:2018-02-14 09:33:55

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